敬老の日、80代の祖母に25歳の孫から送る、はじめてのプレゼント

金暮らしの祖母にやるプレゼントなんて無い。」

僕は本当にこう思っていました。
最悪ですよね。

正直、僕は今までおばあちゃんに何もしてきませんでした。
孫である僕は今年で25歳になりました。

しかし、僕が生まれた平成元年に夫を亡くした孤独な祖母
ずっと恩返ししたかった。そんな気持ちも一切無かったわけでもありません。

最低最悪の孫がプライドを限界まで捨て、敢行した。
はじめての敬老の日プレゼント(してあげたこと)を御紹介します。

2016年は9月15日、
毎年9月の第3週の月曜日は敬老の日で
その日から1週間は老人週間と言われています。

ですから9月の21日までにせっかくなのでおじいちゃんや
おばあちゃんに何か良い思いをしてあげましょう。

おばあちゃんやおじいちゃんが死んでから
「あぁ何もしてこなかったなぁ…」
では一生悔やまれます。

ポンと何か物をプレゼントとして渡すのも悪くない。
そう考えていました。しかし、僕の場合それはしませんでした。

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おばあちゃんと時間を共有することにしました。

普段車に乗ることの少ない自転車移動がメインの
おばあちゃんを車の助手席に乗せて
和食をご馳走することにしました。

5000円を超えるきちんとした懐石料理も取り揃える
ある程度本格的な和食屋さんです。

道中、運転手の僕は祖母と会話をしました。
生まれてはじめてです。僕と祖母が肩を並べて、
亡き祖父のことを話したことは。

恥ずかしいことに僕はおじいちゃんの名前を知りませんでした。

なのでおばあちゃんに聞きました。
25歳にしてようやく僕は胃癌で亡くなったおじいちゃんの名前を
知ることができました。

梅男(うめお)

僕は幼い頃から非常識な量の梅干しを食べる妙な食べ癖がありました。
それは今は亡きおじいちゃんの名から由来したのでしょうか。
そんなバカな。

26年前、僕が生まれた年に、おばあちゃんの旦那さん、つまり、
僕のおじいちゃん(梅男)は胃癌で亡くなりました。




僕はおばあちゃんにいろいろなことを聞きました。

例えば、

「おじいちゃんはどんな性格だった?」

おばあちゃんはなかなか話そうとしません。

「あんまり思い出したくない?」

と聞くと「そうやねぇ。」と答えました。

おばあちゃんはおじいちゃんのことを思い出したくない様子です。
耳が遠いのもあったでしょうが、それよりも、
自分の話たいことしか話さないといった感じでした。

ですから僕は少しずつおばあちゃんの心理的な
ブロックを外すことに力を注ぎました。

「60歳の頃におじいちゃんは亡くなって、
おばあちゃん80になって長生きしてるけど、
梅男さんとおばあちゃんは何が違ったと思う?」

おばあちゃんは少しずつ口を開きました。

「なんやろうねぇ。」
「仕方が無かったんやねぇ。」

言葉にならない感情の部分がすぐに出てくるので
なかなか会話になりません。さらに質問しました。

僕「おじいちゃんは良く食べる人だった?」

祖母「そうでもないよ。」

僕「ふ~ん。おじいちゃんはタバコは吸ってた?」

祖母「そうやねぇ。」

僕「そっかぁ。」

こんな感じで他愛無い会話をしました。
念を押して言っておくとこんな風にして話すことは
僕が生まれて25年目にしてはじめてのことです。

ずっと同じ屋根の下で暮らしていたのに。

基本的に僕はおばあちゃんのことを人間として扱っていませんでした。
「早く死ねば良いのに。」
本当にこのように思っていました。

おばあちゃんは車に乗ることが少ないので、
車で10分20分くらいの町の景色でも
「久しぶりに通る」、「懐かしい」と言って喜んでくれました。

通りがかるお店の看板を見つけては
読んでの繰り返しをしていました。
なんて無邪気なのでしょう。すいません。伝わりませんよね。

年を取ると子供返りするというのはこのことでしょうか。

遠慮がちな祖母は逆に僕にこう聞きました。

祖母「何が食べたいの?」

僕「今日はおばあちゃんの日だからおばあちゃんの食べたいものを食べようよ。」

祖母「そうかね。(微笑み)」

僕「和食でいいかね?」

祖母「えぇよ。(微笑み)」

僕「ガソリン入れてくるわ。」

こうしてちょこちょこ現実的な報告もしつつ、
僕はいままでに感じたことの無い生きる喜びのような、
お金に代え難い尊い感情を味わい、噛み締めました。

和食屋に着きました。敬老の日に最適っぽいお店でしたが、
店内はがらがらです。
祖母はあんまりお客さんが入っていないことを心配しています。

お品書きを見た祖母はこういいました。

「私エビフライ好き。」

はじめて聞きました。少女のようです。
今思い出しても、おばあちゃんのしぐさや話す言葉、
そのすべてが何かこう、言いようの無い感情をくすぐるのです。

祖父の顔を知らない僕はやはりおばあちゃん子だったのでしょう。
本当に甘えん坊でした。今も甘えん坊です。
どうして今までおばあちゃんに恩返ししてこなかったのだろう。

今ではかなり後悔しています。
でもいつからでも遅過ぎることは無いです。

1500円くらいのエビフライ御膳を頼む祖母、
僕は天ぷら御膳を頼みました。

祖母は小食です。

普段祖母はスーパーに行って適当な弁当を買ってきて、
家でテレビを見ながら食べるといった素朴な食生活を送っており、
外食にはあまり行きません。

ですからそういったスーパーの弁当と比べると美味しい。
と言っていました。私は欲求不満が生じました。

「もっと美味いもんを食わせてやりたい。」

「小食の祖母でも美味しく完食できて、
感動してもらえるようなお店に連れて行ってあげたい。」

ヘルパーズハイという言葉があるように、
僕は人の役に立つことに喜びを感じ、
やや興奮していました。

祖母は食後にいろんな話をし始めました。

おばあちゃんの父は村役場に勤めていて、
周りの人よりかは若干裕福だったかもしれない。
小学校6年行った後、高等科へ2年いき、ローマ字を学習したため、

他の同世代のおじいちゃんおばあちゃんよりかは
読むことのできる文字が多い。
それはとてもありがたいこと、感謝しなくてはならない。

そんなようなことを話していました。

僕のおばあちゃんは僕達若者にとっては本当に当たり前のこと、
小さなことに感謝することのできる綺麗な心の持ち主です。

もし僕が80歳になった時に今の祖母のように
極普通の当たり前のことに感謝できるだろうか。
少し不安になりました。僕は質問しました。

「おばあちゃん、他に行きたいところ無い?」

「うぅん。あんたが行きたいところがあるならえぇよ。」

祖母は利他の心が根強い。自分の欲を表に出さない。
一人でMサイズ1枚3000円もするドミノピザをインターネットカフェでおもむろに注文し、
何も気にすることなくむさぼり食う俺とは大違いだ。

常に譲歩する姿勢を取るおばあちゃんに
なんとかして敬老の念を払いたい、贅沢させたい気持ちになってきたので、
ドライブすることにした。

田舎の夜道は暗いので、少し煌(きら)びやかな街のほうに
特別目的無くドライブした。

無目的ドライブは僕が女性と信頼関係を築き上げる際に行なう常套手段だ。
これで満足してもらえなければ、死んでも良いと思っていた。

おばあちゃんは通りがかるお店の看板を読み上げる。
サガミ、とんかつ、おおぼらどう、

おそらく悪い気分ではないだろうと思った僕は、
岐阜のスクランブル交差点を通過するあたりで、
おばあちゃんの過去を掘り下げて聞いていった。

おばあちゃんの仕事、おばあちゃんが結婚した年、
母を産んだ年、おじいちゃんの職業、

1番心に残っているのは、以下のやりとりである。

僕「おばあちゃんはおじいちゃんが亡くなった後、
誰か他の男の人を好きになった?」

祖母「お酒は飲みに行ったねぇ。普通やろ?」

ホッとした。おばあちゃんにとっておじいちゃんを60歳にして、
胃癌で亡くしていたことは今でも思い出したくない
悲しい出来事であることは間違いない。

しかし、それとは別に何か人生の楽しみを見出して、
『生きている』ことを僕は25歳で確かに確認できた。

生存。生きていることの尊さ、
ありがたさを自分の中の深い、深いところで感じた。

俺達は先人たちの財産を利用してきただけ、
これから俺達のような若い世代が、日本を
盛り上げていきたい。強かに支えて生きたい。

そんな綺麗事を言ってられるのが、後何年かはわからないが、
とりあえず僕が

祖母に敬老の日ということで御飯をご馳走し、
ドライブしただけであったが、

結果、むしろ自分が元気を貰った気持ちになった。

普段同世代の人としか付き合わない人は、
是非、ひとまわり、ふたまわり、さらに離れている世代の人と
一緒に時間を共有してみて欲しい。

自分達の世代の当たり前のことが凄くありがたいことに思えてくるし、
本当に些細なことに感謝の念を払う繊細な心、謙虚で
もう何年も忘れられてしまったような日本人の尊い魂に触れることができて、

僕は嬉しいです。
ちゃんと相手の視線に合わせて、
ゆっくりとお話を聞いてみましょう。

少なくとも僕のおばあちゃんは多少老化はしていても、

昔の事はちゃんと憶えていたし、方向音痴は今でもそうだけど、
まだまだ元気だし、いやぁ…
本当にやって良かったって思います。

2016年9月15日~一週間、21日まで
老人週間と言われています。

少しでも恩返ししたい気持ち、感謝の気持ちが芽生えているなら、
今がチャンスと思い、一念発起して

特にいままで何にもしてこなかった人は、
是非一緒に御飯を食べに行ったり、ドライブして
時間を共有するのをオススメします。

人によっては物で幸せを感じるタイプもあるでしょうし、
何をしたら良いかわからないという人もいるかもしれませんが、

誰かの為に何かをしたり、
自分の欲望を手放して、相手のことを思うと、
なぜか自分が幸福感を味わうことができるのです。

僕の祖母は昔、既製品をミシンで縫う仕事をしていました。
23、24の頃に結婚し、その後も内職でミシンを扱っていたようですが、
さらに歳月が経過してから僕の母がミシンを捨てたので、

手先が器用だった祖母はミシンもやらなくなっていきました。
正確に言うとやれなくなっていったんです。

ミシン・・・

このように祖母が本当は失いたくなかった物を聞き出すことができる。
それが時間共有の大きなメリットです。
今回僕は祖母と2人っきりで食事、ドライブを楽しみました。

だからこそ聞き出せた話がたくさんありました。

例えば、祖母が自動車学校に通おうか迷っていた時に、
僕の母からダメに決まっていると言って怒られ
70歳にして自動車免許取得を断念したこと、

その他にもいろいろありました。
すべてが良い笑い話になっていったんです。

おそらく敬老の日のプレゼントを何か物で渡しておしまいだったら、
普段恥ずかしくて聞けなかった昔の話は引き出せなかったと思いますし、
僕自身もこれほどまでにありがたい気持ちにはならなかったと思います。

おばあちゃんに飯をおごり、ついでにドライブ。

たったこれだけのことですが、
本当にたくさんの価値があるし、気付きもあるし、
なぜかエネルギーを充電できるので、

是非あなたにもやってみて欲しいと思います。

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