恐怖症の克服に映画は有効?心療内科の分野に3ミリだけ介入してみる

断と偏見では、

有効!だと思います。

なぜなら、僕自身、
「映画に救われた。」と感じた経験が
何度かあるからです。

1度や2度ではありません。7回はあります。

映画を見ることで感動の疑似体験ができ、
時に涙することもあります。

涙を流すことでまず目が潤いますから洗浄効果があります。

ここ2、3年で急速で普及したスマホ大国、日本においては
特に目を労わることに関心が高まっています。健康に関する意識が高まっていますからね。

「夏で紫外線も気になる、パソコンやスマホのブルーライトも気になる。」

私はこう思います。
あなたはどうですか?

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「パソコンやりだしてから視力がぐっと落ちた。」


私のよく行くお世話なっている会社の上司はこう言っていました。

私はブログを書くのが1つの仕事っぽいところあるので
頻繁にパソコンのディスプレイを見、キーボードをパチパチと

出先でもスマホをタッチして・・・

『自分の目が疲れてきているかどうか』

目の健康状態には敏感、とまではいかないにしても

無視できません。目だけに。

ちなみに長期間に渡る目の充血に悩んでいる人は
次の記事もご覧ください。

目の充血が治らない・・・片目だけの場合の対処法

涙には目の洗浄効果の他にも


涙を流すまでの過程で実は精神的に癒されています。


もう少し専門的に話すと
副交感神経(自律神経のうちリラックスを司るおだやかなやつ)が優位になり、
免疫力が高まり、消化器官がより機能してくれます。

映画に何を求めるのかによって
ジャンル、タイトル選びに違いが出てくると思いますが、
映画に限らず

すべての視覚情報、聴覚情報が人にもたらす影響は
計り知れないと思っています。

僕自身専門家ではありませんので、
信頼できそうな数値的な根拠、物的な証拠の提示0で
実体験にまかせて

「映画は恐怖症の治療に役立ってそうやん。」

と言うことでとりあえず納得していただきたいのが
今の正直な気持ちですが、

そもそもの「恐怖症」について
もう少し掘り下げて知りたいと思ったので
あなたにとっても「なるほど」と思っていただけると

嬉しいな。と思います。

それでは一旦映画の効能は無視して

100ある恐怖症の中でも僕が格段に興味を掻き立てられる3つの恐怖症を暴露します。


1、高所恐怖症


「足がすくむ」
「ぞっとする」
「腰が引ける」

高さのある場所で
こんな風に思った経験はありませんか?
私も高所恐怖症はちょっとあります。

6尺(1.818メートル)の脚立に乗るだけで
リスクを連想してしまいます。

「落ちたらケガするかな。」

高いところから落ちたらケガすると思います。
当たり前のことなんですけどね。
その恐怖に怯えてもなんの意味もありませんけど

ただ高い場所に居るだけで
精神的だけでなく
時に身体的なパフォーマンスすら

著しく低下することが往々にしてあると思います。
本質的には『車』と同じだと思うんですけどね。

どういうことかというと

常に事故する危険と隣り合わせ
だけど、そのリスクを回避(コントロールすれば)
長い距離の移動がスムーズになり、

体力の温存になり、時間の節約にもなる。

車の場合はわかりやすいメリットがありますから

高い場所に行く理由、メリットがあれば

そう恐怖を感じないかもしれないと思うのですが…

私の肌感覚では10人に1人くらいは高所恐怖症を持っている

そんな印象です。


2、対人恐怖症


この恐怖症で深刻に悩む人は
それなりに存在するのではないでしょうか。

例え10人に1人だとしても母数(人口)が多いので
社会問題の一環として扱われることもありますよね。

私も対人恐怖症とまではいかないまでも
人間関係の悩みは少なくともあります。

「アイツはうざい」
「あの上司は嫌い」
「何言われるかわからない」

といった表面的な嫌気(いやけ)は正直あります。

「あの人の顔を見るだけで吐き気がする」
「誰かの声がするだけで動悸がする」

私はここまで強い症状は出ません。

注意:ここから無駄に一時的に胡散臭い小説っぽくなります。

「靴のヒール(硬い材質の部分)が

床と人の体重とで小さな衝突をテンポ良く繰り返し
足音となり、11回目にカッという足音が聞こえてから
12回目以降、私に近づいてでもくるのか

足音は次第に強く耳の鼓膜を震わせ
誰にも言えないほどリアルでネガティブな妄想をしていた。」

(こんな文体にするつもりなかったのに)

心理的に人が恐いと感じることって
度合いにもよりますけど誰にもありますよね。

ポイントは情報を知っているから恐くなるってことだと思います。
ここから勉強っぽくなるんで嫌なら飛ばして構いません。

例文1

「身長172センチで
体重71キロの頭髪は額から後頭部にかけて少し薄い
上下スーツ姿の優しそうな男性が

携帯ショップにスマートフォンの契約の相談に来店。」

ここまでで既に恐怖感を感じる人は
本当に心療内科に足を運んだほうが良いと思いますが、


次のような設定(仮の事実)が
脳内にあるかないかで
恐怖感は全くの別次元に、飛躍的に上昇するはずです。


例文2

「長期にわたって合計9人の
無差別殺人を繰り返す凶悪犯が
逃走中、時効まで残り1ヶ月のところ

地方の携帯ショップにスーツ姿で一見落ち着いた様子で来店し
モバイル端末の所有を検討。」

前者も後者も全く同じ人物だとしても
『つい恐怖を感じる引き金となる単語(例えば“殺人”)』
があるかないか、表現の仕方

そして受け手側の人の想像力によって
恐怖の抱き方、感じ方も変わってくると思います。

対人恐怖症とは関係ない話になってきたような気もするので
次、いきますね。


3、幸せ恐怖症


「は?何いってんの?」

って思いましたか?
僕はちょっと思いました。

矛盾してますよね。多くの人は普通幸せを求めるのに
幸せに恐怖を感じるってどういうこと?

簡単に説明すると

「幸せになってもどうせすぐ終わるから
敢えて不安な気持ちでいる。」

とのことです。

なるほどねって感じですね。

ちょっと変わった考え方かもしれませんけど
10人に3人くらいは居そうな別に普通の考え方のような気もしますね。

この『幸せ恐怖症』も度が過ぎると
常人の想像の領域を遥かに超え、理解し難い行動が伴います。


例えば「サプライズ」


1人の友人に
自分の誕生日パーティーに誘われ
会場に足を運んだら

なんと中学時代に親しかった同級生が他に3人来ていて
それぞれの同級生から別々の誕生日プレゼントを計4つもらった。

こんなシナリオがあるとします。

あなたならどう感じますか?嬉しいですよね。
僕なら嬉しいと感じます。

幸せ恐怖症の人は上記のシチュエーションで

誕生日パーティーから逃げたくなり
暖かいムードをぶち壊したくなる衝動に駆られ、
実際に破滅的な行為に及ぶこともあるそうです。

理解できましたか?

私はちょっと信じられないなと素直に感じました。


どんな恐怖症も程度による


と思うんですよね。

もしあなたが特定の状況、人、場所で人一倍恐怖を感じるなら
自分の脆さを受け止め、気付き

心の中でこんな質問をしてみてください。

「前向きになるにはどうしたら良いんだろう?」

そうしたら

「前向きになれる映画を見たら良いかな。」

と1つの答えが出てくるかもしれません。

それができない、ネガティブな発想ばかり浮かぶ人は

お近くの心療内科に足を運んでみるのも
1つの手段であり、1つの答えだと思います。

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