医療従事者で無い僕が認知症について熱心に調べ始めた抽象的な理由

んにちは

私は匿名で情報発信をしているこのブログで
認知症に関する記事を少し多く投稿しています。

私はブログで収益を上げ、
それをきっかけに独立して
生活できるレベルまで持っていくつもりです。

そのために稼ぐ為の表面的なテクニック
つまり、「認知症+○○」という組み合わせの
キーワードで自分のブログの記事を上位に上げるのが

ニッチで
(ニッチとは、まだ満たされていないが、ある程度の人が求めている欲求)

多くのアクセスを集め、収益に繋がると考えました。

もっとわかり易く、私の汚い部分を落ち着いて公開します。
認知症の市場は旨みがあると判断しました。

そんなある意味、

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利益第一主義で始めたのがこのブログです。


正直、こんな不真面目な考え(お金目的)で情報発信に臨んだところで
本当の意味で価値のある情報を提供できなければ、

「内容が薄くて価値の無い情報だな。」

と思われ、すぐに読者さんが離れていくことは
僕自身容易に想像できました。

しかし、
運営を続けていくうちに少しずつですが、アクセスが集まりはじめました。

誰かが私の文字を読んだ。

私は他人の文字を読んで人生が変わったと感じたことが
何度かあります。

最近は染谷昌利さんという方の「ブログ飯」
という本に出会い。読み。

インターネットビジネスで年収が1000万円とか
そういった世界の人では無いと思いますが、

染谷さんは私も現在参加しているアフィリエイトプログラム
グーグルアドセンスで公式に取り上げられるほど実績を残し
ブログの収入だけで継続的に家族を養うことを達成させている方です。

現在は本の執筆やセミナー講師など幅広く活動をされているようです。

突然ですが、ここで


僕の身の上話を少しだけ、させていただきます。


私は結婚はしていません。
リストラの経験があり、独立願望が強く
いまだ実家暮らしということもあり、

母親を楽させてあげたい。
父親に認められたい。
祖母に恩返ししたい。何度も冷たく当たったことを謝りたい。

本音はいろんな気持ちがあります。

実家暮らしということもあり、
つい環境に甘えてしまい、自分で立てた目標に向かって
立ち止まることもあります。

しかし、独立への道は現実にサラリーマンのように
安定はしないかもしれないけれど
結果、多くの価値を提供できさえすれば

お客さんに喜んでもらえさえすれば
経済的な自由も
時間的な自由も得られると信じています。

昨年の今頃にインターネットビジネスの世界に参入し、
あれもやってこれもやってと試行錯誤してきて

大きな経済的な成功はありませんが、
数多くの小さな失敗と学び、気付き
金銭的な小さな成功も掴みはじめてきました。

話を戻しますが、


認知症に関する記事を書くきっかけは


アクセスが集めたい(稼ぎたい)からでした。

敢えて嫌な言い方をすれば
認知症のおかげでちょこちょこと小遣いを稼げるようになりました。
(認知症だけではありませんが)

言い訳ではありませんが、また僕の身の上話

自分の祖母(83歳)が迷子になったり
母(57歳)の物忘れが増えたり

私自身(25歳)、たまにあれどうしたっけ?
これどうしたっけ?

「台所の火を付けっ放し。」
「車のルームライトをつけっぱなし。」
「財布を忘れる。」

といった傍から見たら結構ヤバいんじゃないの?
と思われるような物忘れが
頻度は低いかもしれませんが、そこそこやらかしてます。

つまり、


僕にとっても認知症は他人事ではありません。


18歳~65歳の間に認知症になった場合
「若年性認知症」と呼ばれるようです。

ここで私のような「なんちゃって」で認知症に関わる人間とは
全くレベルが異なる。ガチで認知症の分野でご活動されている方の
動画を御紹介させていただきます。


僕は正直、今もそれは利益、お金が欲しいです。
どう考えてもお金があったほうが便利です。
様々なリスクを回避することができます。

しかし、中途半端な情報(たとえばインターネット上で拾ってきた情報を
リライトするだけなど)を提供するのは自分にとっても
読んでいる人に本当の意味で役に立つとは思えません。

もちろんその人にとってはじめて知る情報ならそれで構わないのでしょうけど
既にある価値に+αしなければ僕の独自性がでません。

まだまだ私のブログは影響力が少なく
読者さんは私の独自性より、

「知りたい情報が欲しい。」

と思う人がほとんどであるのが今の現状だと思います。

表現の方法をわかりやすくしたり、
例え話を多くして共感を得てもらえるような
理解しやすいような文章構造を意識したり、

価値ある認知症情報を
僕なりに噛み砕いて
時にはちょこっと楽観的に

時には真面目に学術的に(できるかな?)
これからは利益は逆に二の次三の次で
「価値」にフォーカスしていこうと思います。


僕は元々医療に従事する人間ではありません。


調べ物が好きな一般人です。

なので、認知症についての専門的な情報を
シェアしていますが「過信しないで下さい。」
とだけ言っておきます。

認知症は完治が不可能と言われているからこそ

「そうでもねぇんじゃねぇか?」

「完治は無理でも、緩和はいけるんじゃないの?」

「普通に生活できるレベルまではマシになるんでは?」

「認知症の患者さんでも人様にすごく迷惑をかけるわけでもなし
誰かに何か価値を提供できる。健常者とそんなに大きく変わらない
生活ができる道もあるんじゃないの?」

とかいろいろ思うわけです。


アインシュタインの残した言葉に


人間の起こした問題で解決できない問題は無い。

という言葉があります。

ナポレオンも似た様なことを言ってましたよね。

我輩の辞書に不可能の文字は無い。

彼ら2人は睡眠時間は間逆ですが、
昼寝する共通点があったり、
名言にも共通する部分があったりと

非常に興味深いわけですが、
この2人の偉人に便乗して、

私も

「認知症はある意味人間が引き起こした問題なんだから
きっと何とかなる。諦めたら・・・そこで・・・試合・・・」

人のマネをするのが好きなんです。
永遠に自分探しでしょうか。

この間、認知症の本買いました。

ちょこちょこ勉強して、アウトプットできればと思います。

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